インターネット

私のインターネット遍歴の話。

 

私がインターネットに出会ったのは小学とかのはずだが、自発的にインターネットにのめり込んでいったのは多分中学生のころからだった。

 

長野市フルネットセンターという市民向けの情報化推進施設があり、そこには20台くらいのPCが設置されていて、登録をすれば自由に使うことができた(厳密には30分間までという決まりはあったものの、満席でなければずっと使い続けることができた)。私の実家にはインターネットはおろかPCすらなかったが、そこに行けばPCを触ってインターネットができるということで、片道1時間をかけて土日はそこに通いつめ、朝から晩までインターネットをしていた。

 

そんなに通いつめて何をしていたのかというと、ホームページの運営とブログの更新である。ホームページにはいわゆる同人小説的なものを投稿していた。厳しい。ブログについては同じ学校の同級生でブログをやっている人たちの投稿をチェックしてコメントを残しつつ自分のブログも更新するというスタイルで、mixiに近いような気持ちで楽しんでいた記憶がある。本当に厳しい。

 

今検索してみたらいまだにどちらもgoogleクローラーはきちんと捕捉しており、ちゃんと検索結果に出てくる。厳しすぎる。消そうにも当時のメールアドレスが残っていないうえIDもPWも覚えておらず手の打ちようがない。DCMA申請で「本当に厳しいのでお願いします」といえばなんとかなるだろうか。多分ならないだろう。こうやって消去不能黒歴史を作るのが怖いため、最近はブログを辞めるときにはちゃんとアカウントごと消去する癖がついた。

 

上記で述べたフルネットセンターだが、どうやら2016年度末で「役割を終えた」とのことで閉鎖になったらしい。果たして長野がインターネット未開の地を脱したのかはよくわからないが、まあそういうものなのだろう。

 

高校に入ってからも数ヶ月は続けていたようだが、ある時を境に更新が止まっている。おそらくその時期に、当時流行っていた「携帯サイト」の運営をスタートしたのだろう。我々世代なら誰でも知っている(はずの)MobileSpace、通称モバスペで、仲の良い友人や部活などの単位でホームページをつくるのだ。コンテンツとしてはプロフィールを書き、ブログを更新し、写真を共有するのが主なものである。こちらも本当に厳しいが、どうやら一定期間アクセスがないとサイトごと自動削除される仕様のようで、ちゃんとインターネットから消えていた。本当に良かった。

 

実はこの携帯サイトにはちょっと思い入れがある。最近ではトンと効かなくなったインターネット古典として「キリ番」という概念があるのだが、高校の同期の女バス部員で構成されたサイトのキリ番をうっかり踏んでしまったことがある。もともと女バスの部員なんてほとんど喋ったこともなく、名前も顔も知らない人も中にはいた。もちろん誰がキリ番を踏んだのかなんて運営者にはわかるわけもないので(せいぜいとれてもUAくらい)そのままスルーしてもよかったのだが、なにやらキリ番を踏んだ人間にはプレゼントがあるとのことで、欲に目がくらんでキリ番を報告する書き込みをしてしまった。

 

翌朝学校に来ると机の上にバナナが置いてあった。なるほど確かにその女バスの携帯サイトのタイトルにはバナナの文字が含まれている。本当に惨めで悔しくて、猿になった気持ちでバナナはおいしく頂いた。(その後私の机の上にバナナを置いた人に突然呼び出され、なぜかメールアドレスを交換することになり、気づいたら付き合うことになり、完全に舞い上がってたらその1週間後にこっぴどく振られたという想い出があるが、それは悲しい過去なのでこれ以上は控えさせていただく)

 

その後、文化祭の実行委員長になったため事務作業でPCを使う機会が多くなった。それまでの人生では基本的に遊びのためにしか使ってこなかったが、ここで初めてExcelやWordというものに触れることになり、まあまあ楽しくキーボードを叩いていた。

 

高3のときに日本初のAndroid端末であるHT-03Aとかいうガラクタをヤフオクで入手し、1年の浪人期間中くらいはずっとそいつでツイッターをしていた。HT-03Aは私に衝撃を与えたガラクタであり、それまでのガラケー体験を完全に覆すインパクトがあった。私のAndroid好きはそこに端を発しているのだと思う。384MHzしかないCPUクロックを528MHzまでオーバークロックしたり、192MBしかないRAMのせいでバックグラウンドタスクがすぐ死ぬのをなんとかするためにSDカードにswapを用意したりしていた。そうまでしても、何度着信画面でフリーズして電話に出れなかったことがあったか数えきれないし、一瞬で終わる電池のせいで、終電の電車で寝過ごしたときに家族に助けを求めることすらできず線路の上を3時間歩いて帰ったりもしたが、やはりあの時期が一番スマートフォンを楽しんでいた気がする。

 

大学に入り一人ぐらし(実際には全寮制だったので学生寮だが)を始めてからまず最初に買ったのがBTOのゲーミングPCで、それからのPCとの向き合い方は基本的にゲームとツイッターとなった。

 

中高生時代にほんのりかじったHTMLとCSSjavascriptに意味をもたせたくなることがたまにあって、たまに静的なWebサイトを作ってはすぐ消すみたいなこともしていた。一番長く持ったのはパスドラの所有キャラリストを作成してツイッターに投稿するサービスで、確かgithub.ioで公開していたのでサーバーサイド処理は一切できず、リストから公開用URL生成時はurlのクエリにひたすら所有しているキャラクターのIDを書き込み、逆にURLからリストを表示する際には一個一個forループで回して解析するみたいなことをしていた。生jsにほんの少しだけ詳しくなったが、基本的にはいろんなサイトのコピペで書いたコードなので、スキルとして挙げられるようなレベルではなかった。

 

その後大学を中退してからは、ご存知の通りである。エンジニアとしてプログラムを書き、設計をし、たまに資格をとり、そうしたらどんどん楽しくなって今に至る。